最後のキログラム原器は2018年に改正、無意味化する。

重い…

国際キログラム原器を「IPK」と呼んでいます。先に申しましたとおり、SIで、人工物を定義としているのは質量だけで、今後これを変更することが決められています。自然普遍定数を使用することになっていますが、何を使用するかは最近決定しました。

質量を厳格に決定することが非常に困難なことには理由があります。

重い…

水(蒸留水)を使用できない理由は既に説明しました。IPKが使用されていはいますが、水よりましだからです。

ところが、厳重な保管を行っていても「変化」するのです。現在はフランスのパリにある「国際度量衡局(BIPM)」で3重の気密容器内で保管されています。

当初40基(複製)が作られました。これを各国に配布しました。日本には6番目の複製が筑波市にある「国立研究開発法人産業技術総合研究所」に保管されています。この原器は複製ですが、6番原器(副原器)です。

その後、副原器として30番と39番が再配布されましたが、39番を韓国に回されました。副原器を元にさらに副原器を製造することが許されており、日本は1963年に「E59番」を作っています。2009年にBIPMからさらに94番を購入しており、日本には現在4つの副原器があります。

日本のキログラム副原器のことをこれほどくどく話すには理由があります。

世界のキログラム原器は40年に一回「校正」することになっています。天秤で比較します。日本の原器は「国際キログラム原器」より0.176mg軽いことが分かっています。

SIの質量定義に問題があるのは、「人工物」を使用しているからです。BIPMの国際キログラム原器自体も、付着物により毎年、1μgづつ増加しています。そこで、1992年に「洗浄」が行われました。その結果60μg軽くなりました。

しかし、定義に変更はありません。つまり、60μgの減量はいつの時点からの減量であるのか不明なのですが、この原器の質量を定義として現在も使用されています。

SIの定義は2018年に改正すると決まっていることを申し上げていますが、このときに「質量」も物理自然定数を根拠とする方針です。2013年にその定義方法が決定しました。

それまでに出されていた案も科学的に妥当な案でしたが、もっともシンプルな数値を使用することになりました。それは、「プランク定数」に基づく物理量を使用します。

これの解説にはどうしても「不確定性原理」を避けることができません。

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「オンス」という単位~ウイスキーは重さで量り売りしている

シングルウイスキー

「スカッチをダブルで」と言えば、ロック・グラスに注がれるウイスキーは、人差し指と中指で丁度隠れるぐらいの量を出してくれるのが、バーの通常のスタイルです。

シングルウイスキー
だから、「ツーフィンガーで」といっても構いません。アメリカ映画で見かけるのは、カクテル用のメジャーカップの小さい方に入れた分量がシングルで、大きい方に入れた分量がダブルです。
合理思考の国ならではのやり方ですね。ちゃんと計測器で測定してるのですから。

ところが、このアメリカ風は誤りです。

というのは、例のメジャー・カップは小さい方が1オンス。大きいほうが2オンスと言います。計量カップを使用しているので、なんだか正確なように見えますが、どのメジャー・カップも同じ量とは限りません。
少なくとも、そのカップを使用している店内のみでは、毎回のオーダーでは同量を計ることはできますが、世界はもとより、隣のバーでさえ違っていることがあります。

なぜでしょう?

実は、「オンス」は容積や体積の単位ではないからです。「重さ」つまり質量の単位だから、初めから使用目的として誤っているのです。

そこで、

「○○酒組合」ではシングルを30ccとする。

とか、

「○○バー組合」は29ccだ。

とか、一定ではないのです。

日本のメジャーカップはほとんどが30ccと60ccです。

メジャーカップ

地球人には幾種かの人種がいます。イヌの犬種ほど大きな違いはありません。私たち日本人種はヨーロッパ人種より小さいと言えます。ですが、ペキニーズとグレートデンほどの違いはありません。
したがって、世界中どこの家やホテルを訪ねても玄関の大きさがまるで違うといったことは起こりません。

経験では、アメリカ人用施設のトイレの男子便器の高さが若干困るほど高かったことはあります。アメリカでの通常サイズでしょうか。
椅子なども大きめな感じはしますが、しかし、不便なほどの違いがあるわけではありません。

世界では、「長さ」、「距離」の単位はそれぞれ違っています。日本では、やっと標準となった「メートル」はフランス産の尺度です。
それぞれ違った単位を使用していますが、メートル以外の単位のほとんどは人体のある部位の長さが基準となっています。それが理由で、世界中の建物の部位に大きな違いがないと考えます。

「1フィート」を「1洋尺」と書き表しますが、確かに1尺と1フートは近い大きさです。お酒も、国、地域で特徴あるものが作られています。
これらの適量なアルコールの量もやっぱり、おおむね同じ量です。日本酒1合とスカッチのシングル、ビールのジョッキに含まれるアルコール量はほぼ一致しています。

このように面白い「単位」について、このサイトでは考えてみたいと思います。

メートル法の出現~世界標準単位が必要になった理由

メートル

「度量衡」この文字読めますか?

読めなくて普通だと思います。なぜなら、私が今ここでこの事柄を話題しているから出てきた単語であって、日常の営みにおいて、こんな言葉を使用することはほとんどないでしょう。
数十年間使用しないことだって考えられます。「どうりょうこう」と読みます。江戸時代初期では「同量考」と書かれた世界の単位換算表が著されています。

「度」は、「ものさし」のことですが、正確には「目盛」を意味します。メスシリンダーや分度器、時計にも目盛があります。これらを言います。

「量」は、「升」です。正確には、「1杯分、1個分」とかで目盛がないものです。おおむね容積や体積のことを言っていると考えていいでしょう。

「衡」は、「天秤」です。正確には、「等しい」ことを言います。おおむね「重さ」、「質量」と考えて差し支えありません。

人が生活に必要とする「量」に単位を要求するのは、これら「長さ(距離)」、「容積(体積)」、「重さ(質量)」の3つでした。
これらだけで足りた時期が長くありました。ここに「時間」を要素としていませんでした。

古い時代では、それでほとんど問題は起こりませんでした。その理由は、昔の人類は急ぐ必要がなかったからです。

時間がお金(タイム・イズ・マネー)ではなかった時期が長かったのです。

人の生活に必要とされた「数値」は、ことごとく人体のサイズが由来であれば生活しやすいのは当然です。

しかし、「交換」等の物流、経済が便利ツールとして発展するには、「アバウト」では不都合です。何か一つを基準として決めればいいのですが、国家、部族等の権力支配の威容が影響するので、
折衷案となるような基準を作り出すか、新たに、相互が納得しうる基準を見つけ出すしかありません。

それが「メートル法」です。

メートル

「メートル法」といっても「法規」ではありません。現在の世界標準単位です。

しかし、意外ですが、アメリカ合衆国はメートル法が整備された初めから現在に至っても、このメートル法という尺度を「公式」とはしていません。

アメリカが使用する通常生活では「マイル(陸上マイル)」が標準です。自動車のスピードメーター、道路標識、ピッチャーの球速などはほとんど「マイル」が使用されています。

日本の大型スーパーで見かける駐車場の規制速度を示す標識に「8km」がありますが、これを採用している店の「マニュアル」はメイド・イン・アメリカもしくはそれの模倣であることが知れます。
アメリカ合衆国では「5マイル」なので、きちんとスピードメーターのメモリに沿う速度です。日本で「8km」とは著しく半端、不自然な規制速度だと思いませんか?

物理量の単位で初めに決められたのは「長さ」だった。

メジャー

人が必要とするあらゆるものを自分で入手した時代から、共同作業、交換による分業の時代へ変化すると、「力」としてのエネルギー量や「効率」としての時間が度量衡に口出しするようになりました。
健康な牛馬、よく働く奴隷(戦後の敵国人)を欲し始めました。

これらは、「交換」の対象となり始めたので、「値踏み」の必要が生まれます。
こういった「量」には時間が要素に組み込まれなければなりません。ほとんどの場合、分母に時間を入れて新たな単位系が作り出されました。
これにより、「速さ(速度)」、「何人力(馬力)」、「何人ぶち(食料の量)(燃費)(効率)」等がその品のスペックを示すことになります。

現代では、無数と言えるほどの「単位」が存在します。時代が必要とすればさらに増えるでしょう。
国際化、無国籍化が進む一方ですから、これらすべてに正確な統一基準が必要となります。

「単位」の基本中の基本は、まず、距離、長さでした。これの統一に成功することにより「質量」、「体積」の基準を定かにすることができます。
現在の世界標準は「メートル法」ですが、その呼び名が長さの単位であるメートルとなった理由は、まさに、まず長さからだったからです。

メジャー

この基準には、人体部位を取り入れませんでした。基準に選ばれたのは「地球」です。その他に「水」が使用されました。
現在の世界基準と申しましたが、この二つが基準であったのは昔のことです。現在は違います。

まず、「長さ」をやっつけましょう。

メートル法での長さは、地球の子午線(経度線)の長が基準でした。緯度線を使用しなかったのは、地球の輪切りですから緯度によって長さが違うからです。
子午線の4分の1つまり、地球縦割りの水平カットである90°地表の距離の1万分の1を1kmとされました。

この時は実際にその距離を測ったのではなく、フランスの「ダンケルク市(パリではありません。)」からスペインのバルセロナまでの距離を三角測量で求め、
定義通り北極点から赤道までの距離を割り出しました。ですから、この時点では、計算上地球の縦一周はジャスト4万キロメートルでした。

赤道は少し大きいことは知られていました。地球自転による遠心力で広がっているからです。光は地球を1秒間に7周り半する。
と習いましたが、ほぼ、そのとおりです。光速は秒速30万kmに僅かに足りない程度だからです。

現在の国際的度量衡にあたるものは、「国際単位系」といいます。「SI」と呼ばれています。これは、発祥がフランスであったため、フランス語の頭文字です。

SI(国際単位系)の定義とは?

クエスチョン

現在のSI(国際単位系)の定義は2018年に改正される予定です。また、現在のSIも、「メートル法」の時代と定義が違っています。

クエスチョン

長さ1mの現在の定義は、子午線1000万分の1だったものから、「光が真空中を299,792,458分の1進む距離。」とされています。

メートル法の時は「長さ」が初めに示されました。その次が時間でした。
角度の定義は60進数(12進数系)で、三角関数がこの角度で考察が進んでいることから、変更は難しいと判断され、それにより、球体である地球の自転速度(正確には太陽の南中から次の南中前の時間)を基準としていたため、時間の単位に変更を加えませんでした。

SI(国際単位系)では、一番初めの項目がこの時間の定義です。

私に非常によく似た人物が過去に科学解説を行っていらっしゃった時、「量子力学、素粒子論」をあえて省略されていましたが、今回、私は、省略しません。

エネルギー量を厳密に観測、考察すると、実は、連続した値ではなく、整数倍の不連続な量であることがわかっています。
簡単に言うと、「飛び飛び」なのです。それが理由として、元素1個のエネルギーの状態の基準が存在します。

SI(国際単位系)による1秒の定義は、太陽南中間の24分の1の60分の1の60分の1から、「セシウム133原子の基底状態エネルギーの一つ次のエネルギー状態への変異に応じた放射の数値の91、926、311、770倍の時間」とされました。

このように、時間の定義が物理的定数を基準にしているので、天体といえども物体の運動を基準にしていることから、時間の経過により誤差が集積されていきます。

そこで、時間の基準はそのままに、国際的取り決めで「暦(カレンダー)」の方を修正することになっています。
通常、許容範囲を超えた誤差が予測されると、その都度、決められた日の「一日の長さ」を修正します。これを実行する日として選ばれる日の多くは、必要とする年の世界標準時(日本時間翌日午前20時)12月31日23時59分59秒の次に同日23時59分60秒(日本時間翌日午前20時59分60秒)を挿入します。
最近は、ゆるくなり、その日の24時間以内にその国の都合のいい時刻に挿入することになりつつあります。

この臨時に挿入する「1秒」を「閏(うるう)秒」と呼びます。
閏秒を入れる日を「閏秒のある日」、入れる年を「閏秒のある年」と呼びますから、「閏」とは増やすことそのもののことを言います。

質量の「キログラム原器」が唯一の原器

キログラム

閏とは、増やすそのものとことですから、「今年は閏年」は誤りです。本来は、「閏日がある年」といい、その日を「閏日」と呼ばねばなりません。

正確には4年に1回というのも正確ではありません。正確には、西暦年数を4で割り切れる年に閏日を入れますが、100で割切れる年には入れません。

しかしながら、その年数を900で割った余りが200と600となる年は閏日を挿入します。このことは、遠い未来であり、また、稀であるため国際法上の規定にはなっていません。

ちなみに、西暦2000年はこの規定が適用され、閏日が挿入されませんでした。あの「2KY(2000年問題)」とは本質的に違うもうひとつの2KYでした。

いわゆる基準となる「度量衡」を各国全てが強制を持って使用されていのではないことは申しました。

しかし、科学論文では標準です。これの扱いは「MKS」が標準です。メートル、キログラム、秒を使用します。

使用頻度は減りましたが「CGS」がありました。センチメートル、グラム、秒です。この二つは混在しても単位記号を正確に示せば、桁移動するだけですから問題ありません。

時間のルールの説明はしましたが、時間については少し後にして、長さに決着を見たことですから、長さが基準となる別の量の説明を進めます。

その前に、今後「量」と著す場合は「物理量」とお考え下さい。

長さが確定したことから、「面積と体積」が確定します。SIには定義はありません。長さの次に示されているのは、質量です。

ここからややこしい話となります。

まず、現在のSIの定義では「国際キログラム原器の質量」となっています。

キログラム

現在のキログラム原器はプラチナ90%、イリジウム10パーセントの合金の円柱で、高さ、直径が39mmです。

くどいですが、この原器の質量を1kgとしています。SIの中で、質量のみが論理上の値ではないのです。以前は「4℃の蒸留水1リットルの質量」でした。4℃の理由は、水が最高密度となる温度だったからです。

しかし、のちに、この定義では不都合があることが分かり、現在の原器が世界標準質量となったのです。過去に原器が存在したのは、「長さ」もありました。「メートル原器」です。現在はこれはありません。

質量に原器が使用されている理由は、水の密度の定義に起因します。水の密度は、気圧と温度で変化しますので、4℃と決めていましたが、気圧は、気圧が決まるファクターに「質量」が含めれるため、質量の定義に使用できないからです。

また、質量は「g(グラム)」ではなくkgがSIで決められていますが、このような「接頭文字」があるのも「質量」だけです。

そもそも「物理量」とは何だ?~不確定性原理とプランク定数

なぜ

物理量は「物々交換」の時代の必要から始まったことはこのシリーズ冒頭で申した通りですが、現代では、これを可能な限り不変とするために再定義する必要が生じてしまいました。

そもそも、「物理量」とはどのようなことをいうのでしょうか。

なぜ

「不確定性原理」を少しだけ説明させてください。

「不確定性原理」とはもともと、哲学のテーマとして語られていました。「二つの事象の同時性の証明が可能か」と言う問題でした。
このことについて、19世紀の初頭にフランスの数学者「アンリ・ポアンカレ博士」が「科学哲学」として考察を始めて依頼、物理学の分野となった原理です。
ここでの説明では完全な理解を完成させることは不可能なので、誤りではない、結果としてのエキスだけを紹介するにとどめます。

「不確定性原理」が実際の観測で確認(知ること)ができる例としては、ヘリウムに個体は存在しない。と言うことがこれです。

「不確定」とは何を意味するかというと、ある事象が同時に起こったことを証明できないと言うことです。
具体的には、ある物の存在が同時である証拠があるとき、その存在位置を特定できない、また、存在位置を特定できているなら、同時性を証明できない。
と言う原理です。このことは、前述した通り量子力学を導入しなければ進めない学問分野として「量子力学」と「素粒子論」では、エネルギーは連続値ではなく、飛び飛びな値であることや、「光」が「波(波動)」であると同時に「粒子」であることが起因しています。

粒子の運動と位置には「不確実」が基本的にあることが分かっているのです。例えば、ひとつの粒子が同時に二つの隙間を通り抜ける現象があります。
一つであったのだから、どちらか一方を通りぬけたに違いないのですが、それを言える者は通り抜けが起こった後の観測結果からか言えることで、通り抜け以前では、両者を通り抜ける事実が「重なり合っている」のです。

このことを説明するために、どちらを通り抜けるかについて「もともと決まっていなかったからだ」とした「コペンハーゲン解釈」がありました。
「シュレーディンガーの猫」でも有名ですが、量子力学では、重なり合った状態が起こることが分かっているのです。
コペンハーゲン解釈については、アルベルト(アルバート)アインシュタイン博士が完全に否定しています。

そして、光子のエネルギーは周波数に比例し、その定数を「プランク定数」と定義しています。

今後、新しく質量を定義するには、プランク定数に基づく物理計算から導かれることになりました。

新しい質量の定義、すなわちプランク定数に基づく1kgは、アルバート・アインシュタイン博士の「静止エネルギーと質量の方程式「E=mc2乗」を用いたある周波数の光子エネルギーと等しい静止エネルギーを持つ物体の質量」とされました。

そして、そのある周波数が決定しました。アインシュタインの方程式は物質がエネルギーに変換されたときの方程式です。

新しい「1キログラムの定義」は、{(299,792,458)の2乗/6.626,069.57}×10の34乗Hzの光子エネルギーに等しい質量です。

 7つの「国際単位系」~時間、長さ、重さ、電流、温度、分子量、明るさ

いろいろな単位

さて、この質量(1kg)の定義が完成したところで、国際単位系から、「原器」による定義は完全になくなることになります。
初めて、人類は普遍の度量衡を得ることに成功します。距離(1メートル)が「光」を基準として再定義が行われたのが1964年、時間の定義がセシウム原子を元に再定義されたのが1967でした。
人の身体を基準とした単位が「人類の生活の利便」を離れ、純粋に科学的に根拠となるわけです。

質量の単位の他にSIが定義するものは、あと4つあります。簡単にその紹介だけしておきます。

いろいろな単位

電流(1アンペア):真空中の1メートル隔てた2本並行無限長、円形無限小断面、抵抗0Ωの直線導体に1メートル毎に0,0000002ニュートンの力をおよぼし合う当該導体に流れる電流の物理量
熱力学温度(1ケルビン):蒸留水の3重点の273.16分の1。単位記号は「セリフ(飾り)のない大文字のK。質量のkgの(k)は小文字であることに注意」

物質量(1モル):0.012kgの炭素12(C12)の原子核の数と等しい質量。この時の質量はその物質の状態が原子、分子、イオンを問わない。

光度(1カンデラ):540×10の12乗Hzの放射光の放射強度が693分の1ワット/ステラジアンの光度

以上、時間、長さ、重さ、電流、温度、分子量、明るさの7つが国際単位系で示されたものです。

あまねく正確には、これ以外にも無数と言える「単位」が存在します。しかし、それらを示すには、この7つが決まっていることにより全てを示すことが出来るのです、
つまり、物理学の諸元の基礎となる要素はこの7種類しかないとも言って差し支えありません。

ここまでで、メートル法としての国際基準を示したのですが、そもそも、例えば「長さ」や「質量」とは何を意味することなのかについて、次回は、本質的なことをはっきりさせたいと思います。

質量とは?~物理量の本質

質量について

質量とはなんでしょうか?

質量について

「重さ」でも構いません。

宇宙空間のような無重力であっても、完璧な無重力は存在しません。宇宙のあらゆる場所には僅かに重力は存在します。
なぜなら、宇宙の4つの力の一つである「重力」が及ぶ距離は無限遠方だからです。
複数の天体(物体)が力を及ぼし合い、丁度釣り合った点があったにせよ、その釣り合いは2物体間で言えるのであって、他の方向には、無数(本当は有限数)の天体があるのですから、
あらゆる物体からの万有引力から釣り合っている重量0地点は存在しないのです。

では、質量とは、その微小な引力により生じた重さをいうのでしょうか?

答えは誤りです。

地上(地球上)では、1kgの質量の重さは「1kg重」と言います。「重」を省略しているのです。

本来は、1kgの物体には1kg重の重力加速度が加わった物理量を「重さ」と呼ぶことが正しいのです。地球の重力加速度は約9.8m/ssです。

もし、この宇宙に「時間」がなかったら、大きさの同じ1kgの物体と0gの物体があっても、その違いは存在しません。
時間があること。つまり、物体が移動せねば質量の意味が存在しないのです。

もう、おわかりでしょう。質量とは、その物体の運動に変化を起こすことを妨げる物理量のことを言うのです。
宇宙には「絶対位置」は存在しません。「相対位置」しかないのです。質量がある物体が静止しているか否かは「観測者」からの相対的位置関係の変化を言います。

次は、長さについて考えてみましょう。

長さのことを「距離」としてもいいでしょう。距離は少なくとも2つ以上の位置関係を説明する言葉です。つまり、その位置が特定されていなければ「距離」が特定できないのです。
ここで、「位置」と申しましても、その位置とする場所に何かが存在していなくては位置を特定することは不可能です。なぜなら、既に申した通り、絶対位置は存在しないから、観測者がどこかの「位置」に存在していてはじめて、相対的にその位置を特定出来るのです。

ところが、その存在自体が、観測者にとって同時に存在していることを証明せねば、これまた距離を特定できません。つまり、観測者とその物体との距離間を無限速度で測定しに赴かねばならないのです。
既に知ってのとおり、光の速度は有限であり、かつ「飽和速度」です。そうすると、測定が不可能ということになります。もし、ここで、「同時に存在している」ことが証明されているなら、位置を規定する手段が存在しないことになります。

質量は相対性であり、距離(位置)は不確定性な原理なのです。

「インチ」という正確な単位~日本の尺貫法と「ヤード・ポンド法」

ものさし

「この草履は10文半(ともんはん)だから男物だ。」といった言い方をするご年配者がいます。日本の履物の大きさです。
現在の靴で言えば約25.5cmです。1文が約24mmで、一文銭の直径でした。欧米で使用されている1インチは正確に25.4mmです。

ここで、「文」は「約」、「インチ」は「正確に」と申しました。

ものさし
この違いは、日本の尺貫法(過去の法規)とアメリカ合衆国を中心とした「ヤード・ポンド法」ではメートル法に対し「決めた」から「正確に」と言う言葉を使うことできるからで、
「文」については当時の規定外であったため「約」とせねばならなのです。

「文」はほぼ日常生活から姿を消しました。和装の「足袋」には使用されています。「インチ」は洋の東西に関わらず使用され続けていますね。
ディスプレイの大きさ、ジーンズは今でもインチが標準です。そのほかには、外国規格のネジ類、ピストル等の消火器類もインチです。
22口径、38口径のピストルといえば100分の22インチ、同38インチを示しています。

外国規格の材木に2×4(つーばいふぉー)があります。本来は断面が2インチ×4インチだったのですが、若干細いです。
カンナ仕上げの影響が由来ですが、現在では、正確な規格材木ですが、やはりインチでは少し小さ目の半端な数値です。

もう一つ、「身幹(しんかん:身長のこと)は6尺の大男」とあるとき、現代で言えば、身長約180cmです。
日本の現代人では、それほど珍しい体躯ではないですが、昔の日本では大男だったのでしょう。

途中、「コペンハーゲン解釈」なるものを紹介しました。この100年で物理学は飛躍的な進歩がありました。
この進歩は他の分野の科学とは違った特徴的な研究方法で、哲学と唯物論科学が融合し、数学を駆使した「思考実験」によるものでした。
アインシュタイン博士は「神はサイ(サイコロ)を振らない。」と強く、そして、理路整然と「もともと不明であり、結果論が物理学である。」と言う考えを完全否定してくださいました。
この業績は、現代においても無関心対象となっている場合が多いです。

物体は移動方向には短くなり、質量が増す。と言う事実を巨視的事実だけのことだ。
とか。極小世界だけのことであっても、確かに、現代の時点ではさほど問題ではないでしょう。ニュートン力学までの基本的考えで物差しやスピードメーターを作っても構いません。
しかし、近い将来は無視できなくなります。既に、ナノテクノロジーの黎明時期を過ぎています。

度量衡から最新の物理量定義の話へ進みましたが、今回の単位についての10の話は、興味をもって頂けた程度であれば成功と考えます。