質量の「キログラム原器」が唯一の原器

キログラム

閏とは、増やすそのものとことですから、「今年は閏年」は誤りです。本来は、「閏日がある年」といい、その日を「閏日」と呼ばねばなりません。

正確には4年に1回というのも正確ではありません。正確には、西暦年数を4で割り切れる年に閏日を入れますが、100で割切れる年には入れません。

しかしながら、その年数を900で割った余りが200と600となる年は閏日を挿入します。このことは、遠い未来であり、また、稀であるため国際法上の規定にはなっていません。

ちなみに、西暦2000年はこの規定が適用され、閏日が挿入されませんでした。あの「2KY(2000年問題)」とは本質的に違うもうひとつの2KYでした。

いわゆる基準となる「度量衡」を各国全てが強制を持って使用されていのではないことは申しました。

しかし、科学論文では標準です。これの扱いは「MKS」が標準です。メートル、キログラム、秒を使用します。

使用頻度は減りましたが「CGS」がありました。センチメートル、グラム、秒です。この二つは混在しても単位記号を正確に示せば、桁移動するだけですから問題ありません。

時間のルールの説明はしましたが、時間については少し後にして、長さに決着を見たことですから、長さが基準となる別の量の説明を進めます。

その前に、今後「量」と著す場合は「物理量」とお考え下さい。

長さが確定したことから、「面積と体積」が確定します。SIには定義はありません。長さの次に示されているのは、質量です。

ここからややこしい話となります。

まず、現在のSIの定義では「国際キログラム原器の質量」となっています。

キログラム

現在のキログラム原器はプラチナ90%、イリジウム10パーセントの合金の円柱で、高さ、直径が39mmです。

くどいですが、この原器の質量を1kgとしています。SIの中で、質量のみが論理上の値ではないのです。以前は「4℃の蒸留水1リットルの質量」でした。4℃の理由は、水が最高密度となる温度だったからです。

しかし、のちに、この定義では不都合があることが分かり、現在の原器が世界標準質量となったのです。過去に原器が存在したのは、「長さ」もありました。「メートル原器」です。現在はこれはありません。

質量に原器が使用されている理由は、水の密度の定義に起因します。水の密度は、気圧と温度で変化しますので、4℃と決めていましたが、気圧は、気圧が決まるファクターに「質量」が含めれるため、質量の定義に使用できないからです。

また、質量は「g(グラム)」ではなくkgがSIで決められていますが、このような「接頭文字」があるのも「質量」だけです。

そもそも「物理量」とは何だ?~不確定性原理とプランク定数

なぜ

物理量は「物々交換」の時代の必要から始まったことはこのシリーズ冒頭で申した通りですが、現代では、これを可能な限り不変とするために再定義する必要が生じてしまいました。

そもそも、「物理量」とはどのようなことをいうのでしょうか。

なぜ

「不確定性原理」を少しだけ説明させてください。

「不確定性原理」とはもともと、哲学のテーマとして語られていました。「二つの事象の同時性の証明が可能か」と言う問題でした。
このことについて、19世紀の初頭にフランスの数学者「アンリ・ポアンカレ博士」が「科学哲学」として考察を始めて依頼、物理学の分野となった原理です。
ここでの説明では完全な理解を完成させることは不可能なので、誤りではない、結果としてのエキスだけを紹介するにとどめます。

「不確定性原理」が実際の観測で確認(知ること)ができる例としては、ヘリウムに個体は存在しない。と言うことがこれです。

「不確定」とは何を意味するかというと、ある事象が同時に起こったことを証明できないと言うことです。
具体的には、ある物の存在が同時である証拠があるとき、その存在位置を特定できない、また、存在位置を特定できているなら、同時性を証明できない。
と言う原理です。このことは、前述した通り量子力学を導入しなければ進めない学問分野として「量子力学」と「素粒子論」では、エネルギーは連続値ではなく、飛び飛びな値であることや、「光」が「波(波動)」であると同時に「粒子」であることが起因しています。

粒子の運動と位置には「不確実」が基本的にあることが分かっているのです。例えば、ひとつの粒子が同時に二つの隙間を通り抜ける現象があります。
一つであったのだから、どちらか一方を通りぬけたに違いないのですが、それを言える者は通り抜けが起こった後の観測結果からか言えることで、通り抜け以前では、両者を通り抜ける事実が「重なり合っている」のです。

このことを説明するために、どちらを通り抜けるかについて「もともと決まっていなかったからだ」とした「コペンハーゲン解釈」がありました。
「シュレーディンガーの猫」でも有名ですが、量子力学では、重なり合った状態が起こることが分かっているのです。
コペンハーゲン解釈については、アルベルト(アルバート)アインシュタイン博士が完全に否定しています。

そして、光子のエネルギーは周波数に比例し、その定数を「プランク定数」と定義しています。

今後、新しく質量を定義するには、プランク定数に基づく物理計算から導かれることになりました。

新しい質量の定義、すなわちプランク定数に基づく1kgは、アルバート・アインシュタイン博士の「静止エネルギーと質量の方程式「E=mc2乗」を用いたある周波数の光子エネルギーと等しい静止エネルギーを持つ物体の質量」とされました。

そして、そのある周波数が決定しました。アインシュタインの方程式は物質がエネルギーに変換されたときの方程式です。

新しい「1キログラムの定義」は、{(299,792,458)の2乗/6.626,069.57}×10の34乗Hzの光子エネルギーに等しい質量です。

 7つの「国際単位系」~時間、長さ、重さ、電流、温度、分子量、明るさ

いろいろな単位

さて、この質量(1kg)の定義が完成したところで、国際単位系から、「原器」による定義は完全になくなることになります。
初めて、人類は普遍の度量衡を得ることに成功します。距離(1メートル)が「光」を基準として再定義が行われたのが1964年、時間の定義がセシウム原子を元に再定義されたのが1967でした。
人の身体を基準とした単位が「人類の生活の利便」を離れ、純粋に科学的に根拠となるわけです。

質量の単位の他にSIが定義するものは、あと4つあります。簡単にその紹介だけしておきます。

いろいろな単位

電流(1アンペア):真空中の1メートル隔てた2本並行無限長、円形無限小断面、抵抗0Ωの直線導体に1メートル毎に0,0000002ニュートンの力をおよぼし合う当該導体に流れる電流の物理量
熱力学温度(1ケルビン):蒸留水の3重点の273.16分の1。単位記号は「セリフ(飾り)のない大文字のK。質量のkgの(k)は小文字であることに注意」

物質量(1モル):0.012kgの炭素12(C12)の原子核の数と等しい質量。この時の質量はその物質の状態が原子、分子、イオンを問わない。

光度(1カンデラ):540×10の12乗Hzの放射光の放射強度が693分の1ワット/ステラジアンの光度

以上、時間、長さ、重さ、電流、温度、分子量、明るさの7つが国際単位系で示されたものです。

あまねく正確には、これ以外にも無数と言える「単位」が存在します。しかし、それらを示すには、この7つが決まっていることにより全てを示すことが出来るのです、
つまり、物理学の諸元の基礎となる要素はこの7種類しかないとも言って差し支えありません。

ここまでで、メートル法としての国際基準を示したのですが、そもそも、例えば「長さ」や「質量」とは何を意味することなのかについて、次回は、本質的なことをはっきりさせたいと思います。

質量とは?~物理量の本質

質量について

質量とはなんでしょうか?

質量について

「重さ」でも構いません。

宇宙空間のような無重力であっても、完璧な無重力は存在しません。宇宙のあらゆる場所には僅かに重力は存在します。
なぜなら、宇宙の4つの力の一つである「重力」が及ぶ距離は無限遠方だからです。
複数の天体(物体)が力を及ぼし合い、丁度釣り合った点があったにせよ、その釣り合いは2物体間で言えるのであって、他の方向には、無数(本当は有限数)の天体があるのですから、
あらゆる物体からの万有引力から釣り合っている重量0地点は存在しないのです。

では、質量とは、その微小な引力により生じた重さをいうのでしょうか?

答えは誤りです。

地上(地球上)では、1kgの質量の重さは「1kg重」と言います。「重」を省略しているのです。

本来は、1kgの物体には1kg重の重力加速度が加わった物理量を「重さ」と呼ぶことが正しいのです。地球の重力加速度は約9.8m/ssです。

もし、この宇宙に「時間」がなかったら、大きさの同じ1kgの物体と0gの物体があっても、その違いは存在しません。
時間があること。つまり、物体が移動せねば質量の意味が存在しないのです。

もう、おわかりでしょう。質量とは、その物体の運動に変化を起こすことを妨げる物理量のことを言うのです。
宇宙には「絶対位置」は存在しません。「相対位置」しかないのです。質量がある物体が静止しているか否かは「観測者」からの相対的位置関係の変化を言います。

次は、長さについて考えてみましょう。

長さのことを「距離」としてもいいでしょう。距離は少なくとも2つ以上の位置関係を説明する言葉です。つまり、その位置が特定されていなければ「距離」が特定できないのです。
ここで、「位置」と申しましても、その位置とする場所に何かが存在していなくては位置を特定することは不可能です。なぜなら、既に申した通り、絶対位置は存在しないから、観測者がどこかの「位置」に存在していてはじめて、相対的にその位置を特定出来るのです。

ところが、その存在自体が、観測者にとって同時に存在していることを証明せねば、これまた距離を特定できません。つまり、観測者とその物体との距離間を無限速度で測定しに赴かねばならないのです。
既に知ってのとおり、光の速度は有限であり、かつ「飽和速度」です。そうすると、測定が不可能ということになります。もし、ここで、「同時に存在している」ことが証明されているなら、位置を規定する手段が存在しないことになります。

質量は相対性であり、距離(位置)は不確定性な原理なのです。

「インチ」という正確な単位~日本の尺貫法と「ヤード・ポンド法」

ものさし

「この草履は10文半(ともんはん)だから男物だ。」といった言い方をするご年配者がいます。日本の履物の大きさです。
現在の靴で言えば約25.5cmです。1文が約24mmで、一文銭の直径でした。欧米で使用されている1インチは正確に25.4mmです。

ここで、「文」は「約」、「インチ」は「正確に」と申しました。

ものさし
この違いは、日本の尺貫法(過去の法規)とアメリカ合衆国を中心とした「ヤード・ポンド法」ではメートル法に対し「決めた」から「正確に」と言う言葉を使うことできるからで、
「文」については当時の規定外であったため「約」とせねばならなのです。

「文」はほぼ日常生活から姿を消しました。和装の「足袋」には使用されています。「インチ」は洋の東西に関わらず使用され続けていますね。
ディスプレイの大きさ、ジーンズは今でもインチが標準です。そのほかには、外国規格のネジ類、ピストル等の消火器類もインチです。
22口径、38口径のピストルといえば100分の22インチ、同38インチを示しています。

外国規格の材木に2×4(つーばいふぉー)があります。本来は断面が2インチ×4インチだったのですが、若干細いです。
カンナ仕上げの影響が由来ですが、現在では、正確な規格材木ですが、やはりインチでは少し小さ目の半端な数値です。

もう一つ、「身幹(しんかん:身長のこと)は6尺の大男」とあるとき、現代で言えば、身長約180cmです。
日本の現代人では、それほど珍しい体躯ではないですが、昔の日本では大男だったのでしょう。

途中、「コペンハーゲン解釈」なるものを紹介しました。この100年で物理学は飛躍的な進歩がありました。
この進歩は他の分野の科学とは違った特徴的な研究方法で、哲学と唯物論科学が融合し、数学を駆使した「思考実験」によるものでした。
アインシュタイン博士は「神はサイ(サイコロ)を振らない。」と強く、そして、理路整然と「もともと不明であり、結果論が物理学である。」と言う考えを完全否定してくださいました。
この業績は、現代においても無関心対象となっている場合が多いです。

物体は移動方向には短くなり、質量が増す。と言う事実を巨視的事実だけのことだ。
とか。極小世界だけのことであっても、確かに、現代の時点ではさほど問題ではないでしょう。ニュートン力学までの基本的考えで物差しやスピードメーターを作っても構いません。
しかし、近い将来は無視できなくなります。既に、ナノテクノロジーの黎明時期を過ぎています。

度量衡から最新の物理量定義の話へ進みましたが、今回の単位についての10の話は、興味をもって頂けた程度であれば成功と考えます。