メートル法の出現~世界標準単位が必要になった理由

メートル

「度量衡」この文字読めますか?

読めなくて普通だと思います。なぜなら、私が今ここでこの事柄を話題しているから出てきた単語であって、日常の営みにおいて、こんな言葉を使用することはほとんどないでしょう。
数十年間使用しないことだって考えられます。「どうりょうこう」と読みます。江戸時代初期では「同量考」と書かれた世界の単位換算表が著されています。

「度」は、「ものさし」のことですが、正確には「目盛」を意味します。メスシリンダーや分度器、時計にも目盛があります。これらを言います。

「量」は、「升」です。正確には、「1杯分、1個分」とかで目盛がないものです。おおむね容積や体積のことを言っていると考えていいでしょう。

「衡」は、「天秤」です。正確には、「等しい」ことを言います。おおむね「重さ」、「質量」と考えて差し支えありません。

人が生活に必要とする「量」に単位を要求するのは、これら「長さ(距離)」、「容積(体積)」、「重さ(質量)」の3つでした。
これらだけで足りた時期が長くありました。ここに「時間」を要素としていませんでした。

古い時代では、それでほとんど問題は起こりませんでした。その理由は、昔の人類は急ぐ必要がなかったからです。

時間がお金(タイム・イズ・マネー)ではなかった時期が長かったのです。

人の生活に必要とされた「数値」は、ことごとく人体のサイズが由来であれば生活しやすいのは当然です。

しかし、「交換」等の物流、経済が便利ツールとして発展するには、「アバウト」では不都合です。何か一つを基準として決めればいいのですが、国家、部族等の権力支配の威容が影響するので、
折衷案となるような基準を作り出すか、新たに、相互が納得しうる基準を見つけ出すしかありません。

それが「メートル法」です。

メートル

「メートル法」といっても「法規」ではありません。現在の世界標準単位です。

しかし、意外ですが、アメリカ合衆国はメートル法が整備された初めから現在に至っても、このメートル法という尺度を「公式」とはしていません。

アメリカが使用する通常生活では「マイル(陸上マイル)」が標準です。自動車のスピードメーター、道路標識、ピッチャーの球速などはほとんど「マイル」が使用されています。

日本の大型スーパーで見かける駐車場の規制速度を示す標識に「8km」がありますが、これを採用している店の「マニュアル」はメイド・イン・アメリカもしくはそれの模倣であることが知れます。
アメリカ合衆国では「5マイル」なので、きちんとスピードメーターのメモリに沿う速度です。日本で「8km」とは著しく半端、不自然な規制速度だと思いませんか?